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盛岡城

春に盛岡城を見学しましたが、なかなか公開する時間がありません。

写真だけ、先に公開しておきます。




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Wikipediaより引用

盛岡城(もりおかじょう)は岩手県盛岡市(陸奥国岩手郡)にあった日本の城である。国の史跡に指定されている。別名は不来方城(こずかたじょう)であると一般に理解されているが、厳密には盛岡城の前身であり両者は別の城郭である。

--引用以上--



P1190644.jpg

P1190645.jpg

かなり広い城跡です。
残念ながら石垣以外の遺構は、ほとんど残っていません。

それでもいろいろな史跡は残っています。
石川啄木や宮沢賢治が訪れたところです。


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ガス灯 盛岡城址公園

ガス灯は、昔は一般的な明かりとして使われていたようです。
今では、電気の普及によって、屋内でガス灯を使うことは少なくなりました。
街灯としては、現在でもいろいろな所に残っています。

岩手県盛岡市にも、ガス灯が3箇所設置されているようです。

盛岡城址公園のガス灯を撮影しました。


P1190729.jpg


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近くでズームアップです。

岩手県盛岡市では、国内のガス灯の歴史に関わっている人が居たようです。


ガス灯ー歴史 Wikipediaより引用
昔から天然ガスは灯火や燃焼などに用いられていたが、照明としてのガス灯器具を最初に製作したのは、スコットランド人のウィリアム・マードックであり、1797年にイギリスのマンチェスターにおいてガス灯を設置している。
日本においても18世紀頃には、既に越後地方において「陰火」(いんか)として天然ガスの存在が知られており、ガスを灯火として用いた最古の記録としては、安政の大地震以前に盛岡藩の医師であった島立甫が、亀戸の自宅においてコールタールから発生させたガスを灯火として燃焼させたことが記されており(石井研堂『明治事物起原』より)、また同時期に盛岡藩の医師・鉱山技術者大島高任が水戸藩那珂湊に建設した反射炉の燃焼ガスを用いて照明とした記録((大島信蔵編『大島高任行実』より))や鉱山の石炭ガスを燃焼させて灯火として燃やした例などがある。

ー 引用以上 -

ガス灯器具を最初に製作したのは、スコットランドの人だったそうです。
スコティッシュフォールドもガス灯を見ながら育ったのかと考えましたが、最初に発見されたのは、1961年とのことなので、ガス灯のほうが、ずいぶん前からあったことになります。
日本国内では、引用にあるように一般的になる前のガス灯には、盛岡の人が関わっていたようです。



P1190725.jpg


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P1190727.jpg


P1190728.jpg


盛岡城址公園のガス灯です。
昼間は、あまり目立たない存在です。
昼行灯です。悪い意味ではなく、実際に昼間の灯火は明るく感じることはありません。



P1190731.jpg


P1190732.jpg


P1190733.jpg

ガス灯なので、ガスを供給する必要があります。
ガス灯付近は、露出配管です。
1/2"の管で配管されています。
これより細い鉄管は使われることは少ないので、この太さなのでしょう。


このガス灯、岩手県都市ガス協会が寄贈しているようです。





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さりゅう

Author:さりゅう
家族構成は、大学生の長女、社会人1年生の次女、小学5年生の長男と、奥さまと、ぱぱ。ネコがいなくなちゃった。
大勢いるから、いろいろ起きる我が家。
そして外でもハプニング続出...。
写真と文章で、日々を綴ります。。。

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