松山城二の丸史跡庭園 (続き)

二の丸史跡庭園を庭園内の高いところから、
見下ろした景色です。
なかなか、きれいにまとまっているのですが、
きれいに撮影できませんでした。
庭園内には、もうひとつ茶室らしき建物があります。
こちらは少し広くなっています。
句会などで、借りられるようです。
料金は、そんなに高くありません。
松山城二之丸史跡庭園
施設の利用料金などが出ていますので、
参考にしてください。

別の角度からも撮ってみました。
どこから見ても、けっこうきれい。
タイトな空間とは、えらく違っています。
今は庭園になって、のどかな空間ですが、
もともとは、殿さまが住んでいたり、
三の丸や、天主の手前の防御の必要がありました。
ちゃんと、門や壁があって、簡単には侵入できない造りです。
大井戸です。
二の丸の水の確保や、火災時の備えなど、
水は大切なものだったことでしょう。
水路の遺跡もあったようです。
この井戸は、かなり大きく造られています。
倉庫を復元しているものだったと思います。
米騒動が起きたら、ここに来てください。
たぶん、米が入っていたと思われます。。。
大井戸の裏側の庭です。
もともとは、建物がいっぱいあった!はず?

大井戸を裏側から。(表がどちらかわかりませんが。)

大井戸から伸びる水路を、復元したものです。
庭園にマッチするように復元されている気もします。
庭園の塀の外の井戸です。
水の確保のためでしょう。いろいろなところに井戸があります。
これでも、かなり大きい井戸です。
順路にそって回ってきたら、ここが出口になります。
二の丸も、城山の途中ですので階段がいっぱいです。

外から二の丸の建物を撮影しました。
建物の下の膨れている所は、敵が石垣を登ってきた時に、
石や熱湯を上から降らせるための穴です。
建物のいたるところには、鉄砲や弓で侵入者を
攻撃するための 穴も開いています。
飛行機や、戦車がない時代の戦争ですので、
今の時代の破壊的な戦争みたいでは、なかったのでしょう。
庭園を出て市役所方向に歩くと、NTTの建物があります。
ここは、夏目漱石が松山に赴任して教鞭をとった、
松山中学の跡地です。
二の丸史跡庭園内の写真展示では、当時の松山の写真もありました。

市役所付近から現在の松山市です。
路面電車が走っている街も少なくなってきました。