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いすず 117クーペ

いすゞ 117クーペ



11700125117002.jpg

117クーペは、かつていすゞ自動車が生産していた、
小型スポーツクーペです。
排気量は、当初は1600ccからで、最終モデルは、2000ccでした。
昭和40年代後半の排ガス規制の中でも、DOHCエンジンを
搭載し続けた数少ないモデルです。
この排ガス規制時には、多くの車種が、DOHCエンジンを
搭載しなくなってしまいました。

11700125R-117_0005_12_thumb.jpg

横から見てもきれいです。
小説の中で、妙齢のご婦人が 117クーペに乗っているシーンを
書きたいと思いながら、書けぬままに 早20年たってしまいました。



出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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初期型

流麗なデザインを備えた4座クーペであり、1970年代の日本車を代表する
傑作の一つに数えられる。1968年に発売されて以来、長期にわたり生産され、
長くいすゞのフラグシップを務めた。

いすゞ自動車といえば、べレット、フローリアンなどがありましたが、
117クーペは、別格の美しさを持っていました。

11700125117coupe13656mark.jpg

フロントのエンブレムです。

型式は1600cc車がPA90、1800cc車がPA95、2000cc車がPA96となる。
これらの電子制御エンジン車がPA90E、PA95E及びPA96Eであり、
ディーゼルエンジン搭載車がPAD96となっている。 
車名の由来は開発コード番号で、117サルーンのコードネームで開発されていた
フローリアンのクーペ版としての位置づけである。
その為シャーシ、ドライブトレーンをフローリアンと共有する。

11770280f.jpg

フローリアンってこんな車でした。
たしか、カタログに10枚の窓を持つと書かれていました。
サイドの窓すべてに3角窓がついていたような気がします。

11700125zp015_1.jpg

カロッツェリア・ギアに在籍していた、ジョルジェット・ジウジアーロの
スタイリングによる優美な車体は、1966年3月のジュネーヴ・モーターショーで
発表され、同ショーのコンクール・ド・エレガンスを獲得した。

11700125R-117_0005_12_thumb_20080824201453.jpg

前後のホイールアーチに呼応してうねるフェンダーのラインは、
かつてのイタリアンデザインの特徴で、「ムシ(虫)」と呼ばれる
小型レーシングカーをはじめ、
フィアット・ディーノやイソ・グリフォなどにも通ずるスタイルである。

大きなグラスエリアに細いピラー、半分だけヘアライン仕上げが施された
ステンレス製ウインドウガーニッシュ、リアウィンドウに直にかぶさるように
閉じるトランクなど、各部に斬新で繊細なデザイン処理が伺える。
21世紀初頭の現代に至るまで、その原型デザインは
完成度の高いものとして評価されている。

11700125117リア

技術的にも日本で初めて電子制御燃料噴射装置を搭載するなど、
エポックを持つ車であり、4座のラグジュアリークーペとしてのカテゴリを確立した車でもあった。

さらに、特筆すべき点として、本車は発売開始以来の10年間に、
1台も廃車が出なかったとの業界記録を持つ。
長期生産にもかかわらず総生産台数は86,192台に過ぎないが、
今日なお日本の旧車趣味界での人気は根強く、
多くの愛好家によって保有・維持されている。

117001252007m.jpg

駆動方式は後輪駆動。
エンジンは水冷直列4気筒の1600cc、1800cc、2000ccDOHCおよびSOHCが基本だが、
末期に2200ccディーゼル車が少数生産されている。

サスペンションはフローリアンと共有で、前輪がコイルスプリング + ダブルウィッシュボーン、
後輪がリーフスプリング + リジッド(ライブアクスル)であり、
ステアリングギアボックスはリサーキュレーテッドボール(ボールナット)式であった。

ベレットの後輪独立懸架に手を焼いた経験から、
一転して保守的な構成となったフローリアンのシャーシであったが、
1960年代の実用セダンとしては極一般的で、堅実なレイアウトである。
しかし、そのシャーシの平凡さは、スペシャルティカーとして見た場合、
若干の陳腐さは否めなかった。
それでも例えば初期形のインジェクションモデルでは
最高速度190km/h以上を公称しており、そのシャーシは
スポーティさには欠けるものの、長距離ツアラーとしての性能は確保されていた。

11700125zp015_4.jpg

トランスミッションは、デビュー時には4速MTであったが、後に5速MTに変更、
また3速ATも追加されている。この車のエアアウトレット(室内気の排出口)は、
ボティとリアウィンドウ上端の境目に内蔵されたスマートなものであるが、
逆流防止弁は省略されており、洗車の際など、この部分への直接放水は、
内部に水が浸入するため禁止されていた。

117クーペは後席の快適性も熟考されていた。
クーペボディの車には珍しく、リアシートの左右それぞれに灰皿が、
またリヤ用のヒーターダクトも装備していた。
スペース的にもクーペとしては余裕のあるもので、
ガラス面積も大きく明るく開放的である。

11700125isuzu14416.jpg

曲面を多用するジョルジェット・ジウジアーロの原型デザインは、
当時、いすゞの製造技術では全ての外板をプレス機械で再現することは難しく、
また、経営状態が芳しくなかったことから、設備投資への余裕も無く、
その発売自体が危惧される状況であった。
しかしながらベレットより格上のイメージリーダーを欲していたいすゞは、
外板の成型や組立てなど、生産工程の大部分を手作業とすることを決断、
市販化にこぎつけることに成功した。
手作業での生産ゆえ、ごく初期の車両ではスポット溶接の位置が
揃っていないものも存在する。
そのため、販売価格は当時としては破格の172万円となり、
月産台数も30〜50台程度と小規模に留まったが、
こうした希少性が117クーペの名声をさらに引き上げることにつながったが、
収益の改善までには至らなかった。

エンジンはいすゞ初の量産DOHCとなる、1600ccのG161Wエンジンを新規に開発する。
型式の記号と番号の意味は、Gはガソリンエンジン、16は1600cc、
1は、0から始まる開発番号で2番目に開発されたこと、
Wはダブルオーバーヘッドカムシャフトをそれぞれ表す。
また、エンジン開発にエンジニアのみならずデザイナーが加わったことにより、
外観も非常に美しいエンジンに仕上がった。

11700125117coupe13666engene.jpg

1970年11月に電子制御燃料噴射装置(ボッシュ社製Dジェトロインジェクション)
搭載モデルECと1800cc(厳密には1817cc)ツインキャブレターSOHCが追加されるが、
電子制御インジェクションは日本初装備となるなど、
エンジン技術の面で国内他車をリードした。

一方で、本車の普及に対する試みとして1971年11月に1800cc SOHC車を
シングルキャブレターとした廉価版、1800Nが追加されたが、
高価な車であることに変わりはなかった。

この世代の室内は上質な発泡レザートリムや台湾楠のウッドパネル(1800Nを除く)、
送風式のリアウィンドーデフォッガ(最初の一年間に生産された車両のみ。
マイナーチェンジの際に普通の熱線式に改められた)、
ダイヤルで開閉する三角窓、センターコンソールに付けられた
クーラースイッチ(この年代のカークーラーでは、通常スイッチは
クーラー本体にのみ付く)など、造り込まれた豪華なものであった。



出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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