父の上京
サントリーオールドのCMです。
サントリーオールド
引用:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
サントリーオールドは、サントリーから発売されているウイスキーブランドの一つである。
サントリーウイスキーの代表的なブランドとしてその名を知られ、その瓶の形状から、ダルマやタヌキなどの愛称がつけられている。
『歴史』
寿屋の創業者、鳥井信治郎は、大阪と京都の県境に近い、山崎にて1923年から国産ウイスキー事業を開始する。ニッカウヰスキーの創業者、竹鶴政孝を招き、1929年に白札(現在のサントリーホワイト)や、赤札(現在のサントリーレッド)などを発売するも、当時の消費者からの反応は今ひとつという状況が続く。のちに竹鶴の退社を経て、これまでに鳥井が自身で得た経験、さらに長男・鳥井吉太郎の手によってつくられた「サントリーウイスキー12年」(現在のサントリー角瓶)を発売すると、スモーキーで熟成を極めた味が世間に評価され、遂に成功をつかむ。国産ウイスキー事業を定着させるべく試行錯誤してきた鳥井の努力が実ることとなった。そして1940年に、山崎蒸留所においてサントリーオールドは誕生する。
しかし、誕生した当時日本は戦時下で販売は許されず(この間に「新・サントリーウヰスキー誕生」のアナウンスが為されたのみで、間もなくして日本は第二次世界大戦へと突入してゆく)、その間鳥井は当時の日本海軍の取り計らいで手に入れた麦をもとに軍用ウイスキーを製造し続けることになる。やがて日本は敗戦したが、山崎蒸留所は無傷のまま、ウイスキー製造を続けた。そして戦後しばらく経った1950年、オールドは世に送り出される。実に高価なウイスキーで庶民からは憧れの的であった。と同時に夜の歓楽街にあるバー・クラブ・スナックなどの店では、モルトの味は高い人気を集め、一時期には寿屋の売り上げを殆どをオールドで占めた時代もあるほどの売り上げを記録し、サントリーのウイスキーの代表的なブランドを決定づける。
特に1970年代にかけては、サントリーの東京支社が当時日本橋にあったことや、同社が「日本料理には日本酒」というこれまでの既成概念に挑むべく、料亭や寿司屋、割烹などあらゆる和食店への営業を集中的に行ったことで(サントリーはこれを「二本箸作戦」と称している。1999年に発表された『サントリー百年誌』から)、料亭や寿司屋でも、オールドやリザーブなどのウイスキーを扱う店も増えると共に、今日でも有名な料亭・和食店で飲まれるウイスキーには、オールドを扱う店も多い。
その後、高度経済成長期の中、徐々にではあるが、一般の人にも浸透しつつあったが、やはり高級ウイスキーであることには変わらず、人々から一種のステータス的な存在でもあった。1980年代以降、サントリーの業績向上と共に、様々なタイプのウイスキーが発売されたことや、また1980年代後期以降のウイスキーの売り上げ低下にともない、1994年には、従来のリッチ&メローから、新たに「マイルド&スムーズ」という口当たりのやわらかいものが新たに発売される。 その後もマイルド&スムーズがリニューアルされ、2006年には「THEサントリーオールド」となった。また2007年10月からは、新たにシェリー樽原酒で仕上げられ、金のラベルをつけた「プレミアム43°」が発売され、リッチ&メローは製造中止となった。2008年9月に値上げが実施された際に、新「サントリーオールド」を両者を統合する形で発売している。新オールドはアルコール度数43%になり、ラベルには向獅子マークが復活している。
現在でこそ手頃な値段で手に入るようになったが、現行以前の酒税法の時代には相対的に値段が高く、高級ウイスキーのシンボル的存在であった。現在でも、そのモルトの風味には根強いファンが多く、家庭・居酒屋・バーなど場所を問わず、多くの愛飲家に支えられている。
CMソング「夜がくる」は小林亜星が作詞・作曲を手がけた。
『その他』
ボトル上部のラベルに書かれた「寿」の文字は、サントリーの前身「寿屋」の寿に由来するもの。2008年から、響マークに代わってキャップやボトル背面にも刻まれるようになった。
ネーミングはトーマス・パーの愛称「オールド・パー」にあやかったものとも言われている。
1985年頃にはサントリーが当時ペリエの輸入販売をおこなっていたこともあり(現在はサントリーフーズが販売を担当している)250ml缶に入った「オールド&ペリエ」が販売されていた(その後、サントリーがペリエの輸入販売を担当しなくなってからは、同じく250ml缶で「オールド&ウォーター」が発売されている)。
過去にこの製品のCMに起用された俳優・歌手は数知れない。俳優の武田鉄矢や役所広司、作家で同社に在社歴を持つ開高健に加え、村松友視、倉本聰の他、1994年に発売された「マイルド&スムース」には俳優の長塚京三や田中裕子、2006年のリニューアル時にはミュージシャンの井上陽水、2007年2月からは國村隼、伊藤歩など多くのタレントが登場している。中でも武田鉄矢は1982年に日本テレビ系で放映されたドラマ「幕末青春グラフティ」に出演した際、サントリーが一社提供でスポンサーについていたこともあり、番組内で放送された90秒のインフォマーシャルに出演している。また女優の大原麗子は、1977年から1987年まで映画監督の市川昆が演出をつとめていたサントリーレッドのCMに出演していたことで知られるが、1988年から数年間オールドのCMにも出演してもいる。これはサントリーレッドのCMの主要企画とコピーを担当していた博報堂の藤井達朗が急逝したことによるものである。
その他1979年には、ニュージーランドの羊飼いの青年の姿を描いたCMが放映され、当時高度経済成長期の折、豊かになりつつある日本に警鐘を鳴らした内容が話題を呼んだ。また1980年代はサントリーの業績が好調だったこともあり、西部劇の悪役として知られるリー・ヴァン・クリーフや、アーネスト・ボーグナインなどの映画俳優を起用してCMが制作されてもいる。
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